匂いと香り
秋らしくなったある朝、いつものウォーキングコースを歩いていると、金木犀(キンモクセイ)のいい匂いが漂ってくる
「どこからだろう?」
金木犀・・、その樹皮が犀(サイ)の足に似ていることから中国では木犀と名付けられ、橙黄色の花が咲くので金木犀と呼ばれるようになったとか・・
濃い緑色の常緑樹で適度な高さのためか、百日紅(サルスベリ)などと一緒に庭に植えられていることが多い
この金木犀、普段は全然目立たないのに、この季節になると俄然注目を浴びる
「おっ!ここにあった」
黄色い小さな花をいっぱい付けて頑張っているのだが、遠目には意外と地味で匂いに誘われないとなかなか見つけることができない
ちなみに百日紅も同じように小さな花をつけるのだが、こちらは濃いピンク色で花びらも華やかなため遠目にも目立つ
漢字のとおり初夏から秋にかけて長く咲いているので見る機会も多いし、呼び名のとおりサルでも滑り落ちそうな木肌は独特で、余計に目に付くのかもしれない
「金木犀の香りを嗅ぐと、秋が来たなって気がするな~」
そう、季節は匂いとともに移り変わっていく・・(なんてね)
「でも待てよ、金木犀から漂っているのは匂いなのか、それとも香り?」
「心地よいものは香りで、そうでないものは匂い?・・」
「お茶は香りだけど、香水は香りも匂いも両方使うよなぁ・・」
そんなことを歩きながら考えていても一向に結論が出そうにないので、家に戻って調べてみた
まず「におい」には【匂い】と【臭い】があり、どちらも「嗅覚を刺激するもの」という意味だが、感じる「におい」の種類が違う
【匂い】には「良いにおい」「悪いにおい」の区別はないが、【臭い】は悪臭・異臭など「不快に感じるにおい」に対して用いられる
【臭い】は「におい」だけじゃなく「くさい」とも読むが、そのとおり「くさいにおい」「嫌なにおい」「変なにおい」を感じる時にこの【臭い】が使われるというわけだ
例えば「下水のにおい」や「汗のにおい」と言えば、一般的には【臭い】となる
一般的としたのは、もしかしたら不快とは思わない人がいるかもしれないから・・
ただこれは書き言葉での話
話し言葉ではどちらも「におい」だから、どちらの「におい」なのかは話の内容で判断するしかない
ちなみに「におい」を表す言葉として中国から伝わったのは【臭い】だけだったのが、平安時代になって日本固有の言葉として【匂い】が生まれたらしい
「不快なにおい」に使うのが【臭い】だとすれば、【匂い】を使う時はとりあえず「不快なにおい」ではない、ということになる
「カレーの匂い」、「魚を焼く匂い」は、決して「嫌なにおい」「不快なにおい」ではないということだ
これをもっと「いい匂い」にしたければ、「カレーの旨そうな匂い」、「魚を焼く香ばしい匂い」とすればいいわけだから、【匂い】の使い勝手は非常に良い!
これだけ守備範囲の広い【匂い】を作った平安人は凄いとしか言いようがない
さて、【匂い】については分かったが、【香り】はどうかと言うと・・
【香り】も【匂い】と同様に嗅覚を刺激するものを意味するが、【香り】は「いい匂い」「心地よい匂い」を感じる時だけに使われる
これは【臭い】とは真逆の存在ってことだ
加えて【香り】はその【匂い】が持つ「上品さ」「高級さ」「さわやかさ」「みずみずしさ」も表現するため、最上級の「いい匂い」と言えるかもしれない
確かに「コーヒーのいい香り」は言うけど、カレーに「いい香りがする」とはあまり言わないな
コーヒーやお茶には上品で高級な【香り】が似合うけど、カレーは上品で高級というより食欲をそそる【匂い】の方が合う
「花のにおい」も上品でさわやかな匂いなら「花の香り」だが、むせるような甘ったるい匂いなら「花の匂い」と表現するだろう
学校で明確に使い方を教わったわけではない(記憶にないだけかもしれない)が、何となくイメージで【匂い】と【香り】を使い分けているのが我ながら日本人らしいと思う
そして、「におい」を嗅ぎ分けながら言葉を選ぶのも結構楽しいものだ
秋を誘う金木犀の「におい」は、【香り】よりも【いい匂い】の方が的確かもしれない
今日の深掘りはここまで