「馬鹿」と「阿呆」の違い
親の都合で関西に育った私は、社会人になって初めて関東(東京)での生活を経験した
そもそも両親が関西人ではなかったことと、コテコテの関西弁を使う地域に住んでいなかったこともあり、東京言葉(標準語)にはそれほど違和感はなかった
しかしある日のこと、当月の売上計画書を作成した時に「お前、馬鹿じゃないの!?」と先輩社員から言われたことがあった
「はい?」
「リベートが違ってるよ! 前に教えたじゃないか!」
会社の製品は問屋を通じて販売するのだが、当時は問屋ごとに支払うリベート(手数料)が違っていたのだ
確かにこの先輩にはリベートについて教えてもらったが、問屋によってリベートの率が変わるとは教わっていない
「いや~、リベートは全部一律だと思ってました!」
教わっていないと言うとややこしくなるからこう誤魔化したが、「だから馬鹿だって言ってんだよ!」と返ってきたので少し(いや、かなり)ムカッときた
ムカッと来たのと同時に、「馬鹿」という言葉のキツさを初めて痛感した
関西弁で人を馬鹿にする時に馬鹿(バカ)は使わない
「アホ!」とか「アホかいな」とか言うが、馬鹿よりも優しさがあると言うか、「もう少し気ぃつけなあかんで!」というようなほんわかした雰囲気がある
それに比べて東京弁の「馬鹿」は「バカ」という発音もキツく感じるし、明らかに人を見下したような言い方だ!
「東京人というのは思いやりのない、冷たい人間たちの集まりだ!」と東京に来て初めて思ったのを思い出す
いま考えてみると彼の先輩社員も当時私が感じたようなキツイ口調ではなかったような気がするが、「バカ」という言葉にはやはり優しさが足りない
逆に「アホ」という言葉には関西特有のほのぼの感がある・・と今でも思う
馬鹿(バカ)と阿呆(アホ)を調べてみると、どちらも「愚かな行動」や「愚かな人」を罵る言葉なのだが、近畿地方では「アホ」という言い方が多く、「バカ」よりも軽い意味や親しみを込めて使われているそうだ
「アホ」が使われている地域で「バカ」と言われると見下されている気がする反面、「バカ」を使う地域で「アホ」と言われると侮辱的に感じるらしい
「ホンマかいなぁ?」と言いたくなるが、バカを使い慣れた関東人からすればそうなのかもしれない
ただ最近は関西漫才が全国に知れ渡ったことから、以前ほど「アホ」に違和感や嫌悪感を持つことが少なくなったらしい
「アホ」の語源にはいくつかの説があるのだが、中国・江南地方の方言「阿呆(アータイ)」が日本に伝わったという説がある
これは上海や蘇州、杭州などで現在も使われている言葉だそうで、「呆」は日本語の「呆ける」と同じようにぼんやりした様子、「阿」は中国語の南方方言で親しみを表す「~ちゃん」「~さん」だそうで、意味は「おバカさん」という軽いニュアンスになるそうだ
確かにこれなら関西弁でいう「アホやなぁ」に近い気がする
「アホ」は「阿房」とも書くのだが、「阿房」は秦の時代に作られた「阿房宮」が語源だという説もある
阿房宮とは「秦」の始皇帝が建設をはじめた大宮殿で、多くの財と人を投じて建設しようとしたが始皇帝が生きている間には完成せず、2代目皇帝の胡亥によって工事は続けられたものの結局未完成のまま「楚」の項羽に焼かれてしまったという
このことから、愚かなことを「阿房」と言うようになったというわけだ
なるほどと思う説だが、ニュアンス的には「阿呆(アータイ)」説の方がしっくり来る
「アホ」は関西全域で使われていると思っていたのだが、実際には近畿地方と四国東部・岡山県しか使っていないそうで、関東以北や四国西部・中国地方(岡山と島根出雲地域を除く)では「バカ」が使われているんだそうだ
また愛知県や岐阜県では「タワケ」、石川県や富山県などでは「ダラ」という言葉が使われているというから面白い
「タワケ」は時代劇などで聞く言葉だが、その語源は「戯ける(タワケル)」=「ふざけること・ばかげた言動」から来ており、「愚か者や馬鹿者」に対して罵る時の言葉だ
ただし「タワケ」は「バカ」や「アホ」より強い意味で使われることが多く、「ふざけるな!」というような意味で使われるようだ
「タワケ」は「戯ける」ではなく「田分け」から来たという説もある
農民が子どもに田や畑を分割して相続させていくと、将来的に一人分の田や畑の面積は少なくなり収穫量が減ってその家はどんどん衰えてしまう
そんな愚かなことをすることを「田分け(タワケ)」と言うようになったというのだ
いかにもという説だが、「戯ける(タワケル)」の方が自然のような気がする
「ダラ」は石川県・富山県・島根県出雲地方で今でも使われている「バカ」や「アホ」と同じ意味の言葉だが、これは元々近畿地方から伝わったという説がある
言葉や風習は発生した中心から時間差をおいて周囲に広がるため、中心から遠い地域ほど古いものが残るという方言周圏論からきている
「ダラ」は「アホ」より前に生まれた罵倒語だそうで、発生源である近畿地方では廃れてしまったが周辺の北陸・中国地方には定着したというわけだ
近畿地方でもいまだに「あほんだら!」というが、これは昔の「アホ」と今の「アホ」を合わせた最強の「アホ」ということだろうか・・(^^;
さて「バカ」の語源については、「アホ」の説よりも多い
サンスクリット語の「無知」や「迷妄」を意味する「baka」や「moha」を音写した「莫迦」や「募何」からできた(当て字)という説
破産するほど愚かな者という意味の「破家者」から「破家」が「馬鹿」に転じたと言う説
頼りにならない、思慮分別が十分でないという意味の「はかなし」が「馬鹿」に転じたのではないかという説
「おこがましい」という意味の「をこ」から転じて「バカ」になったという説
若者(wakamono)のw音がb音に転じて「馬鹿者」になったと言う説
「ぼけ」ということばが訛って「バカ」になったという説
また中国の故事「鹿をさして馬となす」からときたという説もある
秦の高官であった趙高が皇帝に「珍しい馬です」と言って「鹿」を献じた時、皇帝の胡亥が「鹿ではないのか?」と聞くと・・
趙高の権勢を恐れた者は「馬です」と答えたが、正直に「鹿です」と答えた者はすべて趙高に暗殺されたという
自分の権勢をよいことに矛盾したことを押し通す意味として「馬鹿」と言うようになったというが、本来の「馬鹿」とは大分意味合いが違っている
もし正直に「鹿」と言った者のことを「バカ」と言うのであれば、「正直者が馬鹿を見る」とは正にこのことだろう
「バカ」も「アホ」も愚かな行為や愚かな者を罵る言葉だが、親しみを込めた使い方をするケースがある
恋人同士が親しみや恥じらいの表現として使う「アホやなぁ・・」とか「もう馬鹿ねっ!」などがそれだ
何かに熱中するあまり、社会的常識を失ってしまったような状態にも「バカ」が使われることがある
「親バカ」や「野球バカ」、「釣りバカ」などがそうなのだが、この時はなぜが「アホ」は使わない
また「バカ」には「大馬鹿者」や「馬鹿者」、「馬鹿野郎」という言い方があるが、「アホ」には「どあほう」か「あほんだら」しかないような気がする
「人を小バカにする」とは言うが、「小アホにする」とは言わないので、やはり「バカ」の方が使う範囲がかなり広いと言える
それ以外にも「馬鹿正直」、「バカ騒ぎ」、「馬鹿でかい」、「バカうけ」、「バカ売れ」「ねじがバカになる」など「バカ」は「アホ」より多様な使い方をされている
それだけ「バカ」の方がメジャーということなのだろうか
ちなみに「バカ」が付く生物というと「バカガイ(破家蛤・馬珂蛤・バカ貝・馬鹿貝)」がある
バカガイ販売 | 道の駅 津 かわげブログ (tsukawage.com)より
寿司屋では「アオヤギ」の名で親しまれている貝で、関東では一般的に食されている貝だ
語源はハマグリに似ているが貝殻が薄く壊れやすいことから「破家貝」となったとする説やオレンジ色をした斧足を出している姿が、いかにも口を開けて舌を出している馬鹿者のように見えたとする説などがある
一方「アホ」がつく生物というと「アホウドリ(信天翁・阿房鳥・阿呆鳥)」が有名だろう
「アホウドリ」という和名は、人間が接近しても地表での動きが緩怠で捕殺が容易だったことから名付けられた名前で、乱獲などで一時は絶滅寸前まで数が減ったが、現在は特別天然記念物として保護されている
地上では動きが緩慢なこの鳥も、一旦飛行を始めるとグライダーのように全く羽ばたかずに数千キロの距離を移動するという並外れた飛行能力を持っているそうだ
ちなみにゴルフで規定打数が5打のホールをたった2打でカップインしてしまうことを「アルバトロス(アホウドリの英名)」と言うが、アホウドリのような並外れた飛距離がないと達成することができないことからこう名付けられている
このアルバトロスが出る確率はホールインワン(規定打数3打のホールを1打でカップインする)の50分の1とも言われており、滅多にお目に掛かれるものではない
運よくアルバトロスを目の前で見た人は、「んな、アホな~!」と叫ぶに違いない
今日の深掘りはここまで