アンキョ
髪がうっとしくなって床屋に行ったときのこと
髪を切ってもらいながら、いつも通りの世間話になりました
「最近は近所を1時間ほど歩いてるんだよね」
「ほ~、頑張ってますね、いつから?」
「もう半年ぐらいになるかな?」
「どこを歩いてるんですか?」
「小学校の裏を通ってる遊歩道」
「あ~、あの辺りはアンキョがたくさんあるからね」
「・・・」
「この辺にも結構あるんですよ、アンキョ」
「へ~、そうなんだ」
そこで話は終わった、というか終わらせたんですが、いったい「アンキョ」ってなに?
その場で聞けば良かったんだけど、いい歳して聞くのが気恥ずかしくて‥
さっそく家に戻ってから妻に聞くと
「知らない! 何それ?」って、やっぱ知らないよな~(^^;
アンキョは【暗渠】と書きます
地下に埋設したり、ふたをかけたりした水路のことで、元々あった川や水路になんらかの手が加えられて水面が見えなくなってしまったもの
逆にちゃんと水面が見える川や水路は【開渠(カイキョ)】と言います
NHKのブラタモリでこの暗渠を紹介するようになってから、暗渠に興味を持つ人が増えてきているらしい
東京がかつて江戸と呼ばれたころは、大小さまざまな川や水路が流れる街だったそうで、いまでは想像もつかないほど水辺があったんだとか‥
それが地下に埋没したり蓋をされたりしたきっかけには、4つの出来事が大きく関わっています
それが1923年の関東大震災、1944年の東京大空襲、1964年の東京オリンピック、そして1986年からのバブル景気
東京がリビルトされるたびに、また街が拡大するに連れて、小さな川や水路は埋められたり蓋をされて、生活道路や下水道として生まれ変わっていったという訳
確かに遊歩道を歩いていると妙にくねくねしているし、湿気が多くて苔が生えていたりしてるので変だなとは思ってはいたんだけど‥
「そっか、あれは昔川だったんだ」
これを知ってから遊歩道を歩くと、いままで気にしなかったものが段々見えてくるから不思議です
まず、この遊歩道(暗渠)の入口には必ず車止めがあり、クルマは絶対に入れない(下は空洞ですからね)
そして当たり前なんですが、必ず土地の一番低いところを通っている
暗渠を気にし出してからというもの、自分の住んでいる場所がこんなに起伏に富んでいるなんて初めて知りました
そして遊歩道のそばには水道局・銭湯・クリーニング店や、公園・学校・お寺がある
これは暗渠の特徴だそうで、傍にはたくさん水を使う商売や大きな場所が必要な施設が多いんだとか
そして歩道の両側の家を見ると、全部歩道に背を向けて建ってるし、高いコンクリートブロックの上に建屋を建てている家が多い
「なるほど、昔は川だったことを考えると合点がいくなぁ」
ウォーキングするうちに、別の暗渠が縦横にたくさんあることも知りました
よく調べてみると、この土地は江戸時代は広大な農地だったようで、尾根を通る大きな用水路から支水路がたくさん出ていたそうな
そしてこの川の近くでは縄文土器が数多く出土しており、早くから人が暮らしていた形跡もあるんだとか
急にあたりが広大な田んぼや畑に変わり、ポツンポツンとある農家の先にこんもり木々が茂った神社、そしてその先にはドンッと富士山が‥
そんな風景が見えた気がしました
今日の深堀りはここまで